Yuya Kimura
about new 001
photo 「忘れていたこと」
works 東京で一人暮らしをして4年が経った。

上京する際、僕はたくさんの荷物とともに揺られながら、後部座席の車窓から外の景色を見ていた。
茨城から出てきた僕から見た東京は、度の入りすぎた眼鏡越しにそこを見ているかのようで、気持ちが悪く、クラクラした。遠くで赤く光る点が見えたとき、ブレーキが踏まれた。
「大学の授業はいつからなんだ?」
ハンドルを握る手を放すことなく、父は顔を少し横に向けながら訊いた。
「んーと、たぶん7日からかな。」
そう答えた僕はすぐにまた窓に額をつけ、外の景色を眺めた。
「お母さんたち大学行ってないからわかんないけど、頑張りなね。」
助手席から聞こえる母の声はいつもよりか細かった。僕は小声で、がんばるよ、とだけ言った。
 
稲城という街は、想像よりも清澄としていた。僕が済むマンションは学生が大半をしめる学生マンションだった。場所は一階の角部屋だが、初めて持つ自分の空間というだけで気にはならなかった。玄関の扉が少し重かったが、すぐになれるだろうと思った。一番僕が気に入ったのは窓だった。カーテンを全開にしたとき、外の光が部屋を射し、そこにきらきらと反射する塵埃の一つ一つがよく見えた。
「ほら、早く運ぶぞ」
父は少し決まりの悪い感じでそう言いながら、マンションの外へと停めてある車――8人乗り用に三人と詰めるだけの荷物を乗せた――へと向かった。
三人で真摯に取り組むと、ことさら時間はかからなかった。父はちょっと煙草を吸ってくるといって車に戻った。煙草を吸うのは今日でもう9本目だ。真新しいコンクリートの空間の中で、母と僕は他に必要な物の話をしていた。
日が落ちてあたりは薄暗くなっていた。引っ越しを終えすっかり重量のなくなった車で、三人は近くの小さなオムライス屋に寄った。お世辞にもきれいとはいえない店内は、閑散とし、お客さんは仕事帰りであろうサラリーマンが一人、いかにもうまそうにオムライスを食べていた。僕達は窓際の席に案内された。僕は運ばれてきた水を一口啜り、普通のオムライスの大盛りで、と父に伝えた。父も同じものをと言い、母はその普通盛りを注文した。待っている間、三人は妙に懐かしい話ばかりしていた。僕は人家族の長男で、下に妹が二人いた。家を出るのは、僕が初めてだった。
会話が途切れた時、とろっとした卵焼きに包まれたその料理が目の前に置かれた。そいつを大きなスプーンで開き、控えめに見えた赤が、上から流れ落ちる黄と混ざる瞬間が僕は好きだった。けれど、それができるオムライスはあまり多くなく、母のオムライスはそれをさせてくれなかった。そして、運ばれてきたそいつを一口目だけはゆっくりと口に含んだ。これでもかと言わんばかりに鶏肉が入れられ、ケチャップで熱く香ばしく炒めたであろうチキンライスは、ほんのりと効かせたバターと混ざり合っておいしさを増し、三人を満たした。

ある程度道を覚えた車はすぐに僕のマンションへと着いた。あたりは既に暗く、街がいっぺんして昼間とは違う表情を見せた。もう父と母がそこに居続ける理由はなかった。
「よしゆき・・・」
そいった父の顔は暗くてよく見えなかったが、とてもやさしく僕の名前を呼んだ。
「なに」
「毎日とは言わないから、ちゃんとお母さんにメールとか電話してやれよ」
「わかった、必ずするよ」
「それから、食うもんちゃんとして、体壊すなよ」
「うん、ちゃんとする」
「それから・・・」
その先の言葉は父からは出てこず、「ほら、お母さんもなんか話せよ」と、母を舞台に上げた。
視線を母にずらした時、気づけば母は涙であふれていた。母から流れる涙は止まる様子もなく、何度拭っても目の縁からそれはあふれでていた。ひっきりなしにしゃくりあげている母は、僕に何かを言っているが言葉にならなかった。僕はそんな母を見ながら我慢できず号泣した。何度も頭を撫でられ、何度もハグをされた。父は最後まで涙は流さなかったが、下まぶたは濡れていたように思った。母は最後に「じゃあ、がんばってね」と声にならない声でそう言って、二人は帰っていった。
 
部屋に引き返した僕に、今までになかった絶望的な孤独感が襲った。コンクリートでできた壁は部屋をより一層つめたくし、稲城の夜は僕を歓迎してはくれなかった。その夜は眠りが浅く、ひどく長い時間天井を見ていたような気がする。翌朝、ほとんど徹夜明けに近い面持ちで僕は大学の入学式へと向かった。
move
read
artwork
contact
▲page top
Copyright(C) 2015 Yuya Kimura All Rights Reserved.
Designed by CYプランニング